【ゆる書評】私とは何か「個人」から「分人」へ

私とは何か 平野啓一郎さん著のブックレビューのアイキャッチ ゆる書評

こんにちは、まさしです。このブログでは、人の期待に応えすぎて自分らしさを見失いがちな20代HSS型HSPさんに向けて、自分らしく生きるための情報を発信しています。

今回は、「私とは何か『個人』から『分人』へ」を超絶ゆるっと書評していきます。

ゆる書評では、HSS型HSPの私が自分の特性を理解するために読んだ本から、特に役立った学びを一つご紹介します。

HSS型HSPの理解を深めたい方はもちろん、以下のような悩みのある方は、自己理解の一つのヒントになること間違いなしです。

この記事は、こんな人におすすめ!
  • 個性ってなんだろう…
  • 本当の自分を探している…
  • 嫌いな自分を肯定できない..

本書のポイント

本書の中でも特に、ここだけ学べたらOKというポイントを1つご紹介します。

ポイント
  • 対人関係ごとに見せる複数の自分(分人)が、全て「本当の自分」である

本書より

詳しく解説していきます。

個人とは

私はこの本を読む前、改めて個人や個性とは何かについて知りたくて、本書を手に取りました。

そもそも私を含め皆さんもそうかも知れませんが、個人とは、「たった一つのものである」と考えている方が多いのではないでしょうか。

それもそのはず、体で言えば個人は身体をバラバラにしない限り分けられないし、私で言えば名前「まさし」も、これ以上分けることができません。やっぱり、個人は分けられないと。

しかし人格はどうでしょうか?この問いが、本書の核になるものです

分人(ぶんじん)とは

個人は分けられないとは言え、私たちは、「大学時代の友人」「両親」「パートナー」などの前で異なる顔を見せます。この異なる自分がいることは、実感として間違っていないと言えますよね。

しかしここで、どこかに核となる1つの本当の自分がいると考えてしまうと、

上記した人たちの前で見せる自分は逆説的に言えば、「その場の役割を演じた自分」「表面的な自分」「ニセモノの自分」になってしまいます。これは寂しい考え方ですし、実感と異なります。

…例えば、子供で言えば分かりやすいです。

私の妻は以前幼稚園で英語を教えていましたが、先日、昔の生徒とご両親がいる時に会ったそうで、話しかけても生徒は随分と恥ずかしそうにしていたそうです。私が子供の時にも、そういうことが何度かあったので、これはよくわかります。

これを本書の論理で言えば、学校の先生に見せる自分と、両親に見せる自分が異なるから恥ずかしくなったと言えるでしょう。

つまり本書で言いたいのは、

個人の人格は分けられない1つではなく、異なる人に見せる複数の顔がある自分の集合体こそ、「本当の自分」であると語っています。

この複数ある本当の自分を、分人(ぶんじん)という分割可能なものとして、本書では定義されています。

今後私たちは、複数の人に見せる異なった自分を「ニセモノの自分」や「表面的な自分」と捉えるのではなく、それらも含め「本当の自分」と肯定していくべきなのです。

分人の構成比率

また補足として、分人は対人・対事物ごとに発生します。

例えば、好きなアーティストの音楽を聴く際の分人や、苦手な人と接する際の分人など、多様な分人が存在します。

そのため本書では、この「分人の構成比率」が幸せに生きるためのポイントであると語っているので、ぜひ続きは本書をご覧ください!

感想

これらを踏まえて、HSS型HSPの私視点で考えたことや感じたことを次にお伝えします。

本当の自分は一つじゃないと知るだけで人間関係が変わる

昨日、妻と私の友人であるアメリカ人夫婦のお宅に伺いました。

私はそこそこ社交的で友人と会うことは好きなのですが、昔から世間話があまり得意ではありません。

世間話は相手を知る入口になるので非常に意味のあることですが、私は基本物事を深く考えがちなので、どうしてもしっかり考えた話を共有し合いたいというニーズがあります。

それに世間話というのは、「軽めのキャッチボールで肩を温めています」みたいなコミュニーケーションなのに、私はクセでそれも「深く考えなきゃ」となぜか勝手に思ってしまいます。聞き流しちゃえばいいですけど、難しい…。

とはいえ友人と会えることはもちろん楽しい。しかし、そういうことを考えていると、どうしても楽しさより、疲労が上回ってしまうんです。

そのため、この本を読む前の私は、そういった人間関係におけるネガティブな自分の特性を受け入れられずにいました。なぜならそれは本当の自分ではないから、と思っていたから。 

本当の自分は人と話すのが大好きで、人と話しても疲れないし、たくさんの友人を増やせる人だ、と。しかし、違いました。

そうではなく、この本を読んで、「友人と会って楽しめる自分も、そのあとに疲れちゃう自分も本当の自分なんだ」と肯定できるようになったんです。

自分の都合に最適ではない自分も含め、自身を肯定できると「人間関係で無理をしなくていいや」と思えるようになります。

「無理しなくていいよ」と自分に声をかけられたら、脳をフル稼働してもしなくてもよくなり、疲労感がぐっと抑えられます。

昨日はそうして、昔の自分よりも断然楽しさに集中して過ごすことができましたよ。これも本書のおかげですね。

まとめ

今回は、「私とは何か『個人』から『分人』へ」という、平野啓一郎さんの著書をゆるっと書評させていただきました。

本当の自分は一つではなく、好きではない自分も含め、「複数の私」を肯定できる本でした。

まとめ
  • 分人(ぶんじん)の考え方は、複数いる全ての自分を本当の自分と肯定することができる
  • 私たちは今後、「たった一つの本当の自分探し」という幻想を手放し、「心地よい分人の構成比率を追求していく」ことに集中すれば、幸せに生きられる

「私とは何か『個人』から『分人』へ」の良さは、ゆる書評では到底伝えきれない内容の本でしたので、

今回の記事がこの本を読むきっかけになってもらえたら幸いです。

ぜひ興味のある方は読んでみてくださいね。

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